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てん茂
4代目
奥田秀助さん

江戸時代創業の老舗「割烹 日本橋とよだ」5代目の橋本亨さん。真面目で丁寧な仕事をする人です。家業は勿論のこと、地域の行事等でも大活躍しています。

割烹 日本橋とよだ
5代目
橋本亨さん

いまや東京観光の人気スポットのひとつ、日本橋。目抜き通りから角を入ったところに「割烹 日本橋とよだ」はあります。初代が日本橋で鮨屋台から商いを始め、その後に店舗を構えて今年で創業155年。5代目の橋本亨さんはこの道一筋の料理人であり、また、居合道の達人でもあります。風格のある雰囲気に最初は圧倒されますが、ひとたび話し始めると、江戸っ子の快活なおしゃべりがとってもチャーミングな方です。生まれ育った日本橋の過去、現在、未来についてたくさんお話していただきました。

小さいころは調理場が遊び場。
職人さんたちの仕事を見るのが好きだった。

ーどんな少年でしたか。

三人兄弟の長男で、生まれも育ちも日本橋。いたずらばっかりやっていた “きかん坊”でしたね。日本橋は当時からビルが多くて、小学校の校庭開放が終わると遊ぶ場所がないから、家に帰ってからは調理場が遊び場みたいなものでした。調理場の人たちから「坊ちゃんがいると仕事になんないよ」とよく言われていました(笑)。

職人さんが仕事をしているところを見ているのが楽しくて、魚のウロコを取ったりしているのを見るとやりたくてしようがなかった。子どものときから早く店の仕事がしたいと思っていましたね。

“職人”という仕事に興味があったのかなあ。料理人じゃなかったら、大工になりたいと思っていましたね。飲食店をやっていると店の修理で大工さんとか畳屋さんが始終出入りするんです。大工さんの真似して、部屋の関係ないところに釘をばんばん打って、おふくろに怒られていたなあ(笑)。

ーとよだの歴史について教えてください。

私が生まれる2年前(1960年)までは江戸通りの常盤小学校の斜め向かいに店があり、鮨屋と料理屋の両方をやっていました。再開発で今の室町一丁目に移転したんですが、当時は魚河岸があった名残りでそのあたりには鮨屋さんがいっぱいありました。鮨屋が多いところでやってもしようがないってことで、料理屋だけにしたんですね。

約20年前、私が料理長になってから店舗を改装する際に、それまでの個室中心の造りから、カウンター越しにお客さまに料理を提供する内装へと変えました。カウンターに立つとお客さまの反応がダイレクトにわかるので料理人として張り合いになります。

ー若いころにドイツ大使館の公邸料理人をされていたそうですね。

浅草の老舗料亭での修行を終え、店に帰ってきた25歳のときに、大先輩がフランス大使館で料理人をしていたご縁などもあって声をかけていただきました。

勉強になりましたね。旅行で行くのと実際に生活しながら仕事をするのでは大違いですから。1年間だけでしたが、自分で市場に行って和食に使える材料を探したり、それまで触れたことのない海外の食材を知る良い機会になりました。特にワインの勉強ができたことは、今の仕事に生かされています。

江戸前の伝統の味を守りながら、
新しいこともどんどん取り入れていきたい。

ー江戸前割烹とも表される「割烹 日本橋とよだ」の味とはどういうものでしょうか。

基本的に濃口醤油を使った、しっかりした味付けが江戸前の基本。芋の煮っころがしやアナゴの山椒煮なんかですね。濃い味で煮上げる調理法は特徴的だと思います。

昔の江戸料理では地産地消で手に入る食材が限られていましたが、今は流通が発達し、京都や九州の食材だって翌日には届きますよね。うちは関西からの常連さんも多く、「フグやってくれよ」とか「ハモやってくれよ」と言われることが増えてきて、フグやハモのコース料理もお出しするようになりました。

ー日本橋の良さについて教えてください。

日本橋にはうちのように代々家業を継いでいる店がたくさんあります。親子で仕事をすることが多い地域ですが、特に父親と息子の男同士っていうのは、直接言いづらいというか、変な遠慮みたいなのがあるものなんですよ。親父は親父で自分の友だちと飲めば、せがれがああだこうだとポロっと出ちゃう(笑)。

うちはカウンターだから、老舗の親父さんが飲みに来て「せがれが○○だから言ってやってくれよ…」と愚痴も出るわけですよね。そうすると私がその息子に「親父さんが言ってたぞ」と代わりに伝える。父親から直接言われると受け入れられないことでも他人からだと素直に聞けたりするでしょ。そうやって世代をまたいで教えていく・伝えていくようなところは良いところだと思いますよ。

また、今後は高速道路の地下化や、ビルの建て替えなど再開発もさらに進んで街自体もどんどん変化しています。新しい日本橋が見られることも楽しみにしています。

−最後にプライベートについて。居合道を長く続けていらっしゃるとお聞きしました。

わたしにとって居合道は仕事と同じくらいなくてはならないもの。小学校から20年間、剣道をしていて、その後、当時の師匠に勧められて居合の道に入りました。現在は無外流居合兵道の範士(最高位)。道場の館長として指導もしています。道場は店の近くにあるので行けるときには毎日稽古していますね。

居合は、気分転換に一番いい。昔はゴルフにハマったときもあったけど、嫌なことがあるとすぐにスコアに出ちゃう(笑)。居合は真剣を使うので、考え事をしながらやるとケガをする。本当に無心になって集中するんですよ。真剣(刀)じゃないと真剣になんないでしょ(笑)。立ち居振る舞いや作法、姿勢、着物の着付けの仕方など仕事にも生きていると思いますね。

※ドイツ大使館で使用したお品書き(左)と、3階の石庭を望む広間(右)
※この情報は2018年10月現在のものです。