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千疋屋総本店
社長
大島博さん

記念すべき第1回目は特別ロングバージョンでお届けします。登場いただくのは千疋屋総本店社長の大島博さん。日本初の果物専門店として日本橋に看板を掲げて183年目を迎える千疋屋総本店は、まさに日本橋の“顔”。6代目となる大島さんは、日本橋三井タワーの開発など日本橋再生に尽力した立役者のひとりです。幼いころに遊んだ日本橋の様子から、日本橋再生計画に伴い手掛けた自社のブランディング戦略、そして、趣味の話などもちょっとだけ。気さくに話していただきました。

幼い頃は路地裏やビルの中は大冒険の場所。
大きなそろばんでローラースケートしたり(笑)

−小さいころに見た日本橋にはどんな思い出がありますか?

私は、父が結婚後に建てた文京区の家で生まれましたが、祖父母はまだ日本橋の店の上に住んでいたので、幼稚園や小学校のころは土日になると父と一緒に日本橋に来ていました。当時は三越の屋上がテーマパークのようになっていて、メリーゴーランドや動物園があって、ライオンやゾウがいたときもありました。祖母に連れられて屋上で遊び、食堂でお子様ランチを食べて、帰りにおもちゃ売り場でお土産を買ってもらうというのが定番のコース。それが楽しみで「日本橋に連れてって」とおねだりしていました。

幼なじみともよく遊びました。タナチョーさんというガラス屋さんの息子と仲が良かった。当時の中央通りは、間口は狭くて奥が深いという京都のような町並みで、裏には三井財閥の番頭さんの護衛室があったりして。路地裏によく行きましたね。昔の大きなそろばんをローラースケートのようにして乗って遊んだり、建物に特別に入れてもらったり、子どもにしてみたら大冒険ですよ。

「あうんの呼吸」で日本橋再生計画が動き出し、
千疋屋の新しいブランディングのきっかけになりました。

−大島社長から見て、日本橋はどのように変わっていったのでしょう?

高度成長のころに金融街となり、徐々に商業環境ではなくなっていきました。銀行は午後3時になるとシャッターを下ろし、平日の午後や土日は街を歩く人は減っていきました。三越や高島屋など百貨店に来たお客さんも館内で用事が済むのでわざわざ街を歩くことが少なく、しだいに街は閑散としていったのです。

日本橋と言う街は、その親やもっと前の代から商いをしている顔ぶれが多く、縦横の強いつながりがあったからこそ、みんな同じ危機感を持っていたと思います。もともとが商売の街なので、間口の狭い店が並ぶ通りは地権者が混在するエリアでもあります。それでも再開発がスムーズに進んだのは日本橋の人たちの長年の「あうんの呼吸」があったからだと思います。

日本橋に再びにぎわいを取り戻す再開発計画として、三井不動産がまず着手したのが東急日本橋店の跡地に立ち上げたコレド日本橋。その次が日本橋三井タワーのプロジェクトです。2002年に起工され、2005年に完成しました。そうして街も店も、新しく動き出していったのです。

−社長就任後に手掛けた千疋屋のブランディング戦略とはどういうものですか?

日本橋三井タワーの開発は千疋屋総本店のブランディングを再構築するきっかけになりました。当時は「高級で敷居が高い」と贈答品中心になり、「日常、自分たちが使う店じゃない」というイメージが広まってしまった。そこで、もっと親しみやすい店舗にしようとロゴから始まり、包装紙のデザインなどを一新。店舗設計も新しくしました。以前は店のすぐ近くに地下鉄が通っていても接続が悪く、お客様にも不便をかけていましたが、タワー建設とともに地下鉄からの動線をよくしたことで集客効果にもつながりました。

おかげさまで、先日の日経新聞に掲載された「ストア戦略サーベイ」の調査結果によると、時間消費プレミアム(その店舗で過ごす時間が特別だと思う 日経MJ 2017/5/22より)で当社のフルーツパーラーが1位を獲得しました。全国のナショナルブランドの中で1位になったのは日本橋三井タワーのおかげだと思っています。特に40代〜60代の女性に高い評価を得たのはブランディング戦略の結果だと思ってうれしくなりました。

最高級のフルーツを手軽に味わってもらうために
「生ケーキ」の販売を充実させています。

※ショーウインドウに並ぶケーキは季節ごとに種類も様々。

−現在、特に力を入れて取り組んでいることは何ですか?

高級路線は変えず、「ひとつ上の豊かさ」をコンセプトに「手を伸ばせば手に入る」という提案をカタチにすることを考えました。その1つが、カットフルーツを使った「生ケーキ」の販売です。加えて、これまでの百貨店以外に東京駅のエキナカや羽田空港のターミナルにもケーキ専門店を出店しました。生クリームや生のフルーツを使っているので管理は大変ですが、千疋屋の果物を使った生ケーキを手土産として持っていってもらうことで、ゆくゆくはフルーツの需要へとつながっていくことを考えています。

※期間限定の苺ショートケーキや季節のフルーツ。

−これからの千疋屋総本店について教えてください。

「果物文化を発信していきたい」というのは今も昔も変わりません。私自身、全国の産地をまわることを欠かしません。特にギフトシーズンの前になると、産地に行って自分の目と舌で、果物の出来や生育環境を確認しています。

日本のフルーツは世界中でも特に優れています。なかでもマスクメロンは、本来は夏の果物ですが、品種改良により1年を通して収穫できるのは高い技術の賜物。これだけ安定してフルーツをつくれる国は世界中どこにもないと思いますよ。豊かな四季があって、多種類で、品質も世界で一番!そんな日本のフルーツを国内はもちろん、世界にも広めていきたいですね。

−日々、ほうぼうを精力的に飛び回っている大島社長ですが、何か趣味はありますか?

ロックをしております、ロックバンド。高校時代に一緒にバンドをやっていた同級生たちと「還暦になったからひとつぐらい趣味を持ちたいね」という話になって再結成しました。私はボーカルです。高校時代と同じコピーバンドですが、当時コピーしていたレッドツェッペリンとか古いのをやってもつまらないだろうということで、ここ10年ぐらいの曲を選んでいます。レッチリ(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)とか、RADWIMPSもやります。高校時代のポップス研究会の仲間たちと9月にライブをする予定で、ただいま練習中です。観客は身内だけですけどね。

※この情報は2017年6月現在のものです。